紫煙

今日もまた、ここにいます。

開くべきはリクルートサイトであり、綴るべきは志望理由と自分の価値なのに、仄暗く湿った言葉を吐くことしかできずにいます。

でも実はもう、書くべきエントリーシートがありません。提出を見送るうちに、締切に追われることはなくなってしまいました。企業を探す気も起きません。

ベランダの室外機に腰掛けて煙草をふかしていると、くだらない感傷が込み上げてきます。鼓膜を伝う音楽が、それを憂鬱と呼ぶことを許してくれるような気がします。

煙草に手をつけたのは、ある企業のWebテスト受検を諦め、エントリーを見送った日の夜更けでした。自分なりに推敲を重ね、どうにかエントリーシートの提出まで漕ぎ着けた企業でした。

もうどうでもよかった。

どうでもいいはずだった。

それでも未だにその日を思い出すのは、多少の未練があるからでしょうか。心の奥底にある思いは自分でもいまいちわからずにいます。でも、入社への道を自らの手で閉ざしてしまったことへの後悔よりも、やっぱり"普通"のことが"普通"にできない自分に対するもどかしさや怒りの方が大きいような気がします。その一件に限らず、名ばかりの就活生として過ごす毎日はそんな失望の繰り返しです。

ともかく、その日の自分は鬱憤の捌け口を煙草に求めました。大嫌いだった煙草に。

1本目。恐る恐るそれを咥えて火を点け、思い切って息を吸うとひどくむせ返りました。恐らく、この世のどんな生物よりも醜く滑稽な姿だったろうと思います。喉を痛めながら吸い込んだ煙のその味は最悪でした。少しだけ安心しました。一箱でやめられると思ったからです。感情に任せてコンビニに走ったものの、煙草の味を知る頃にはいくらか冷静さを取り戻していたようでした。情けないなと思います。

私が就活生でさえなければ、きっと煙草をやめることができたでしょう。そもそも始めることもなかったとは思いますが。

お察しの通り私に内定はありません。今のところいただく見込みすらも。しかし気力と能力の乏しさに託けてどれだけ就活から逃げようとも、就活生の肩書きから逃れることは叶いません。

無気力、無気力、無気力、失意。無気力、失意、無気力。

そんな1週間の拠り所を、いつしか煙草が占めるようになっていきました。はじめはただ不味いだけだった風味も、さほど悪いものとは感じなくなっていました。就活への拒絶感もこうして薄れてくれたらなんてくだらないことを考えます。そして、煙草を咥えている間はそれがほんの少し現実になるような心地がします。多分そんな作用はありません。きっと逃避衝動の宛てに煙草を選んだ自分の正しさを信じたい私がいるだけなのだと思います。でも、煙を肺に回すと、眩暈に似た感覚が生じるのは本当です。それが思考を虚にしてくれます。脳内にうず高く積み上がったto doリストと呼ぶには乱雑なそれを、煙草はほんの一瞬、霧で包んでくれます。ほどなくして晴れ渡ってしまいますが。

日に日に煙草の量が増えていきます。

今更行動を起こすにはあまりに時間が足りず、かといって何もしないでいるには1日という時間は長過ぎます。空疎な日々の隙間に灰が積もっていきます。名実ともに灰色の人生のできあがりという具合です。

 

5月を前に、少し急いて暖かくなった風が紫煙をくゆらせます。それがゆっくりと外気に溶けていく様を見ています。"百害あって一利なし"と忌み嫌われる白とも灰色ともつかない無個性を纏った毒は、4月の風に馴染めるでしょうか。

私はいつか煙草をやめられるでしょうか。