雨降ってきた。

雨は嫌いだけど、雨音は好きですね。

ベランダの手すりから落ちて爆ぜる雨粒を眺めるのも小気味良い。

 

湿気で生暖かくなった電車内だとか、浸水しきった靴だとか、乾く気配のない洗濯物だとか、雨が誘うのは大抵気の滅入る記憶ばかりだから、雨は嫌いだと口を衝いてしまう。雨の日の幸運だってきっとひとつやふたつあったはずなのに、雨が上がれば忘れてしまう。

嫌なことばかりが記憶に残る。

嬉しかったことは音もなくその合間に埋もれてしまう。

 

「きっと今日のことは忘れないだろうな」

 

そう信じたことだけは今でも思い出せるのに、その種の記憶に住む人達の表情はいつもおぼろげで、輪郭をなぞろうとすればするほど、遠く霞んでしまう。

 

そうして時々振り返っては、雨はなんだ人生はなんだと達観している。何もわかってはいないのに、わかったような気になっている。そんな自分を見下しながらも、22年間かけて歪めた色眼鏡を外そうともせず窓の外を見ている。

 

これを書いている間に夕立が上がった。

後腐れなく晴れている空に雲はない。

もっとも、自室の窓から見える限りのことだけども。

大通りを絶えず車が走る音がしている。

タイヤが水を弾いている様子はないから、そんなに降らなかったらしい。

俄雨は憂鬱だけ置いて東へ行ってしまった。

いつも通り。元どおり。